曳家とは

清正の石曳き

「清正の石曳き」

100トンを超える巨石を運んだのは、日本史上、加藤清正だけ!

江戸城の増築や、熊本城・名古屋城・大阪城の築城にあたり、常に総大将を仰せつかり石垣普請にあたったのは、「石翁」と称賛された、熊本城主・加藤清正でした。名古屋城築城の折に、巨石を運んだ様子が「清正公石曳き」として『続撰清正記』に記されています。当時の曳き方は、修羅の上に巨石を乗せ、修羅に通した太綱を人力で曳き、丸太の上を滑らせ、石の後部を丸太をテコにした人々が押して移動させました。

修羅とは

修羅とは「そり」のことで、長いものでは全長8.8メートル、後部幅 1.8メートル、先頭部が反り上がり、所々に引き綱やブレーキ綱を通す穴が開けられたものです。


これは、コロとしての丸太を車輪と考えれば、修羅はまさにローラーの役目を持っていたわけです。「石翁」清正公は、私たち曳家にとって、大先達だったのです。

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